服部克久さんが死去 家族構成や人柄とは?

作曲家・服部克久さん死去  テレビ番組や映画でテーマ曲など6万曲手掛け

作曲家の服部克久さんが、11日午前8時42分、心不全のため、都内の病院で亡くなりました。83歳でした。
葬儀は近親者のみで行われるようですが、お別れの会は新型コロナウイルスが終息した後に開くことを検討しているそうです。
服部さんは1936年「東京ブギウギ」などヒット曲を生み出し、93年に国民栄誉賞を受賞した服部良一さんの長男として東京に生まれました。
パリ国立高等音楽院で学び、卒業後は父と同じ大衆音楽の道を歩みます。
フジテレビ「ミュージックフェア」で編曲家として頭角を現し、「ザ・ベストテン」のテーマ曲、NHK連続テレビ小説「わかば」や映画「北斗の拳」、アニメ「トム・ソーヤーの冒険」など幅広い楽曲を提供ました。
谷村新司さんの「昴―すばる―」を作曲したり、山口百恵さんの引退公演で音楽監督を務めるなど、私達にも馴染みのある楽曲やアーティストに数多く携わっています。
また1人、巨匠が逝かれてしまいましたね。

服部克久さん、華麗なる音楽一家

昭和前期の代表的な作曲家であった服部良一さんを父に持つ克久さんですが、服部家は、四代に渡る音楽一家です。
長男の隆之氏(54)も、作曲家として活躍し、NHK大河ドラマ「真田丸」や、フジ系ドラマ「 のだめカンタービレ」、TBS系ドラマ「下町ロケット」「半沢直樹」など、数々の楽曲を手掛けています。
また、隆之氏の長女で克久さんの孫娘にあたる、服部百音さん(20)は、現在新進のバイオリニストとして活躍しており、2014年には、克久さんの音楽家生活55周年および生誕77周年の喜寿を記念して発売されたアルバムで初共演しています。
そんな克久さんは、仕事に没頭しすぎて、過労で3度吐血したことがあります。
必死に仕事に挑んだ背景には「服部は時計(セイコー)じゃなくて音楽の服部と言われなきゃ」という、父・良一さんの口癖があったようです。
常人には考えられないような挑み方ですね。
人生を通して、音楽の第一線で活躍されていた理由が覗えます。

服部克久さん、お悔やみの声多数…

克久さんが亡くなったことに、多くの音楽関係者がお悔やみの言葉を発表しています。
さだまさしさんは、「偉大な音楽家でありながら、明るく楽しい人で私にとって大恩人であり、兄貴を失ったような思いです。『音楽は美しくないといけない』という服部さんのことばに背中を押していただきました。思い出は語り尽くせず、本当に惜しいです」と話しました。
また、同年代である加山雄三さんは「 かっちゃんとは本当に古い音楽仲間です。音楽番組で顔を合わせることが多かったと思いますが、かっちゃんの作るアレンジはスケールも大きく、気持ち良く歌うことができました。また一緒に音楽を奏でたいね。ほんとにほんとにありがとね。でもやっぱり寂しいよ。」と親しみを込めた想いを語りました。
また、公私で交流のある湯川れい子さんは「穏やかでバランスの取れた人柄でした。今はお孫さんの服部百音さんとお仕事をしております。美しい歌をありがとう。百音さんを残してくれてありがとう。」と感謝を込めたコメントを綴っています。
巨匠ぶらない、気さくであった人柄が偲ばれますね。
ご冥福をお祈りします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です