【訃報】内海桂子師匠が他界 若い頃の活躍や弟子との仲は?

芸歴81年、内海桂子師匠死去 97歳の大往生

女流漫才コンビ「桂子・好江」で人気を博し、現役最年長芸人として活躍した漫才協会名誉会長の内海桂子(本名安藤良子)さんが22日午後11時39分、都内の病院で多臓器不全のため死去したことが、所属事務所であるマセキ芸能社の公式ホームページで発表されました。
97歳でした。
また1人大御所が旅立っていかれました。寂しい限りですね。
桂子師匠は、昨夏に軽い脳出血を発症。
それでも今年1月中旬まで舞台に上がっていましたが、1月末から心臓の機能不全で入院していました。
2月には誤嚥性肺炎も発症するも、一時期はおかゆを食べるまでに回復したこともあったようですが残念です。
3月末から、新型コロナウイルス感染拡大予防のため、病院が見舞い禁止になり、親族も師匠もお互い心配な気持ちがあったでしょうね。

内海桂子師匠、芸歴81年!若い頃から浅草等で活躍

1922年(大正11年)生まれの桂子師匠は、若い頃から芸の道を歩んできました。
38年に漫才の初舞台を踏み、50年に漫才コンビ「内海桂子・好江」を結成し、1958年に「NHK漫才コンクール」優勝、1989年には紫綬褒章を受章するなど、数多くの功績を残し、長年第一線で活躍、人気を不動のものにします。
1997年に相方の内海好江さんが亡くなってからも1人で高座に上がり漫談を披露するなど、精力的に活動してきました。
80年以上浅草で現役の芸人として生きてきた内海桂子師匠は、浅草から世に出た後輩たちをはじめ誰からも慕われた方でした。
桂子師匠は、漫才協会女性芸人選手権で1位になったこともあります。
11年に亡くなった落語家の立川談志さんが71年の参院選に当選したときは選挙事務所に祝福に訪れています。
また、浅草育ちの毒蝮三太夫(84)からは「おっかさん」と呼ばれていたり、弟子のお笑いコンビ「ナイツ」は、番組等で桂子師匠のエピソードを何度も披露するなど、若い世代にも頼られる存在でした。

内海桂子師匠、最期は24歳年下の最愛の夫に見送られ

桂子師匠の葬儀は近親者のみの密葬で27日、東京・町屋斎場で営まれたそうです。
24歳年下の夫でマネジャーの成田常也さん(73)らに見送られ旅立ちました。
99年、師匠は成田さんとの“年の差婚”で世間の注目を浴びました。
師匠はシングルマザーとして2人の子供がいたものの初婚で77歳、成田さんは53歳でした。
好奇心旺盛な師匠は、公式HPやブログを立ち上げ自らの文章で更新しており、ツイッターは49万フォロワーをかかえる人気ですが、最近の文章は、夫である成田さんが師匠の言葉を打っていたそうです。
成田さんは、4月に脳出血で倒れ師匠とは離れた病院に入院していましたが、今月に入り奇跡的に回復し、師匠の葬儀参列に間に合うことができました。
成田さんは、「師匠が私の回復を待ってくれていたのでしょう。見送りができてよかった」と語っています。
桂子師匠も成田さんの回復を喜んでいることでしょう。
ご冥福をお祈りします。

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