【偉業】坂本勇人が2000本安打達成!亡き母への思いや今後の目標は?

巨人・坂本勇人、2000安打を東京ドーム3万4000人ファンの前で決める

巨人・坂本勇人内野手(31)が、11月8日、通算2000安打を達成しました。
31歳10か月での到達は史上2番目の最年少記録で、右打者では最年少という偉業です。
坂本選手、遂にやりましたね。
東京ドームでは新型コロナウイルス感染対策の新技術を試験するために7日から来場者の上限を収容人数の約45%の1万9000人から約8割の3万4000人程度に引き上げており、多くのファンに見守られての達成となりました。
二塁ベースに達した坂本は手をたたき、天井を見あげ、母が見守る空にもしっかりと見えるように、受け取った花束を高く掲げました。
「今日は父親が来てくれていたので、いいところを見せられてよかった。母にはオフになったら、お墓参りに行って『2000本打ったよ』と報告したい」と語っています。
坂本選手は、母・照美さんを、プロ1年目の07年6月19日、47歳の若さで亡くしています。
一番応援してくれたお母さんに届く素晴らしい記録達成ですね。

坂本勇人、学生時代から母と二人三脚で歩んだ野球道

坂本選手が歩んできた野球道には、母の存在を欠かすことはできません。
野球を始めた時は左投げだった坂本選手ですが、小学生の野球チームで手にしたグラブは右利き用の兄のお下がりでした。
これは、母・輝美さんから与えられたものでした。
昨年、セ・リーグの遊撃手では初のMVP選出も、右投げでなければありえないものでしたし、照美さんが与えたグローブが「遊撃・坂本」の始まりとなりましたね。
坂本選手の反骨精神は、母譲りだそうです。
小学校高学年の頃は、母の運転する車で計測してもらった6キロのコースをランニング。
伊丹シニアに所属し、地元で有名選手にまで成長した頃、素行の悪さがうわさとなり、野球での高校進学を目指すも「守備はいいけど、打てない。それに野球はよくても…。」と、地元兵庫の強豪校からの評価に「絶対、見返してやる」と母と誓い合ったそうです。
照美さんの応援があったからこそ、今の坂本選手がいるのでしょう。

坂本勇人、母の前で打った初ホームランが自信に

照美さんは、坂本選手のプロ1年目の2007年5月12日、日本ハムとの2軍戦に車いすで球場に駆けつけ観戦しました。
当時、すでに癌で闘病していた母に、坂本選手は捧げるつもりで2号ホームランを放ち、プレゼントしました。
照美さんはその1ヶ月後にお亡くなりになっています。
坂本選手は「母の前で打てた1発が僕に自信を与えてくれました」と語っています。
その後、母に自信をもらった坂本選手は、一軍でも活躍するようになっていきましたね。
坂本選手は「2000本の次は、まずは2500本。その日の試合で1本打ちたいとずっと思ってやってきている。この気持ちのまま、これからもやっていきます。」と語っています。
毎日の積み重ねを大切に、母に誇れる野球道を歩んできたのでしょう。
まだ31歳。
これからどんな活躍を見せてくれるのか、坂本選手の今後が楽しみですね。

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