【訃報】マラドーナ氏が死去 亡くなった原因や若い頃のサッカー人生は?

世界中から愛された、サッカー界のレジェンド・マラドーナ氏死去

サッカーの世界的スーパースターで、元アルゼンチン代表のディエゴ・マラドーナ氏が25日、ブエノスアイレス郊外の自宅で亡くなったと、アルゼンチンのメディアが報じました。
マラドーナ氏は10月30日に60歳の誕生日を迎えたばかりでした。
マラドーナ氏は、今月3日に硬膜下血腫の手術を受けており、手術は成功し11日に退院、その後は自宅療養を続けながら施設でアルコール依存症の治療を受けていましたが、心臓発作が起こり、帰らぬ人となったそうです。
サッカーを知らない人でも名前がわかるほどの名選手でしたね。
サッカー界のレジェンドの突然の死に、世界中が驚きと悲しみにくれています。
波乱の人生でしたが、選手としても、監督としてもサッカーを心から愛した功労者に、心から哀悼の意を示したいですね。

マラドーナが若い頃残した伝説の「5人抜き」「神の手」

マラドーナ氏は、アルゼンチンの名門「ボカ・ジュニアーズ」などでプレーをしていましたが、その活躍ぶりからヨーロッパに渡ります。
スペイン・FCバルセロナのほか、イタリア・ナポリではリーグ優勝2回に貢献し、クラブの英雄として称えられました。
アルゼンチン代表選手としての活躍も目覚ましく、1986年のワールドカップでは、優勝に大きく貢献し、「マラドーナのための大会」と言われました。
準々決勝イングランド戦での左手での「神の手ゴール」と、ドリブルでの圧巻の「5人抜きゴール」は伝説となりましたね。
一方で、現役時代から違法薬物使用がたびたび問題になり、ナポリ(イタリア)時代にドーピング検査でコカイン使用が発覚。
1994年W杯米国大会では、大会途中にドーピング検査でエフェドリンが検出され、W杯から永久追放もされました。
私生活では隠し子問題などゴシップネタで世間を騒がせたこともありましたが、2008年には、アルゼンチン代表監督に就任し、10年の南アフリカ大会は、チームを準々決勝まで導きました。

マラドーナ、世界中から追悼相次ぐ、ペレ氏「いつか天国で一緒にサッカーを」

マラドーナ氏の死を受け、世界のサッカー界から追悼の声が相次いでいます。
アルゼンチンのフェルナンデス大統領は、同国が3日間の喪に服すると発表。
かつてマラドーナ氏が所属していたバルセロナは公式ツイッターで当時のマラドーナ氏の写真とともに「すべてをありがとう、ディエゴ」と投稿しました。
同じく91年まで所属していたナポリもツイッターで「今は涙を流すとき。その後、語るときがくるだろう」と言葉を失っているとコメント。
最後にプレーしたボカ・ジュニアーズは「永遠のありがとう。永遠のディエゴ」とのメッセージをツイートしています。
また、「サッカーの王様」と賞されている元ブラジル代表のペレ氏は「私は偉大な友人を失い、世界はレジェンドを失った」「いつか天国で一緒にサッカーができるといいね」と追悼のメッセージをツイートしました。
他にも世界の名だたるサッカー関係者がマラドーナ氏の追悼メッセージを公表しています。
小さい体でもトップアスリートとして輝けることを証明し、記憶にも記録にも残る本物のレジェンドでしたね。
ご冥福をお祈りします。

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