【訃報】沢村忠さんが死去 現役時代の戦績や八百長疑惑もあった?

「キックの鬼」沢村忠さん死去。「真空飛び膝蹴り」で一世を風靡

昭和プロスポーツ史を代表するスーパースターで「キックの鬼」の愛称で親しまれた元キックボクサーの沢村忠(本名・白羽秀樹)さんが、3月26日に肺がんのため千葉県内の病院で死去していたことが31日にわかりました。
78歳でした。
沢村さんは代名詞の「真空飛び膝蹴り」で、KOを量産して一世を風靡し、半生を描いた漫画やテレビアニメまで登場したため、大人から子どもまで幅広い年齢から人気があり、憧れのヒーローでした。
沢村さんは昨夏に血たんが出るなど体調を崩し、検査したところ、4~6センチ大の腫瘍が見つかりましたが、がんが骨まで転移していたため、手術は行わず放射線治療等を行って回復に努めていました。
コロナ禍での闘病は、面会や外出も制限されることがありますし、さぞご苦労も多かったことでしょうね。

沢村忠さん、凄すぎる現役時代の戦績の為、八百長疑惑まで飛び出す

沢村さんは日大芸術学部時代に、最も実戦に近いとされる伝統派の剛柔流空手で全日本王者となり、60戦無敗の成績を打ち立てました。
沢村さんは「子供の頃からストリートファイトを含め、一度も負けたことはない」と語っています。
その後、「キックボクシング」の名称を考案した故・野口修氏に誘われ、1966年に日本キックボクシング協会の旗揚げ戦でキックボクシング界にデビューしました。
「真空飛び膝蹴り」や前蹴りなどの技で、引退まで241戦232勝5敗4分、勝率96%という驚愕の戦績を上げています。
勝率96パーセントと、すさまじい強さですね。
それゆえあまりにも強すぎると思われ、いつしか「八百長疑惑」が浮上するようにもなりました。
その他、死亡説や廃人説、反社会の用心棒説など悪意ある報道が後を絶ちませんでしたが、沢村さんは引退後の1977年に自動車整備士の資格を取得し、都内で整備工場を経営し、殆どマスコミの前に現われることはありませんでした。

伝説の男・沢村忠さん、ポケモンキャラのモデルにも登場

沢村さんの反省を描いた「キックの鬼」は、雑誌「少年画報」に1969年から2年間に渡り掲載されました。
この作品はアニメ化もされています。
さらに、沢村さんが引退してから随分と経ってから、今度は現在の子供達に大人気のアニメ「ポケットモンスター」に、沢村忠さんをモチーフにしたキャラが登場しました。
ポケモン・サワムラーは、茶色い楕円形のボディを持つキャラクターで、足が腕よりも発達して、最大2倍の長さまで足を延ばすことが可能です。
得意技は「メガトンキック」「とびひざげり」などで、沢村忠さんの往年の技を彷彿とさせる設定です。
引退してもなお、現役時代の偉業がキャラクターとして採用されるとは、沢村さんの存在感を改めて感じます。
昨年10月、「沢村忠に真空を飛ばせた男: 昭和のプロモーター・野口修 評伝 」( 細田 昌志/著)という、沢村さんと沢村さんをキックボクシング界に引き入れた野口修氏に関する本が出版されました。
沢村さんがお亡くなりになった今、軌跡をたどる意味でも改めて手に取ってみたい本ですね。
ご冥福をお祈りします。